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東京高等裁判所 平成11年(行コ)140号 判決

控訴人(原告)

寺田政義

右訴訟代理人弁護士

藤沢抱一

細谷裕美

被控訴人(被告)

鎌倉税務署長

後藤和秋

右指定代理人

加藤裕

外四名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が控訴人の相続税につき、平成五年一二月二七日付でした更正処分及び平成六年七月一九日付でした同年三月八日付の相続税の更正請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、被控訴人が、控訴人の相続税の申告に関し、控訴人に対し、①有限会社東政(以下「東政」という。)に対する出資口数を過少に申告しているとして平成五年一二月二七日付でした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分、②控訴人が東政の出資の価額が零円と評価されるべきであるとしてした更正の請求に対し、平成六年七月一九日付でした更正の請求は理由がない旨の通知処分をしたところ、控訴人が、右各処分の取消しを求めた事案である。原判決が、①については審査請求を経ておらず不適法であるとして訴えを却下し、②については請求に理由がないとして棄却したので、控訴人が控訴をした。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)

1  寺田源次郎(以下「源次郎」という。)は、平成四年九月九日、死亡し、相続が開始した(以下「本件相続」という。)。

源次郎の相続人は、控訴人、寺田昌弘、寺田アツ子、寺田セツ子、寺田彩乃、寺田啓吾、寺田悟大、池谷昌大及び池谷有喜子の九名である。

2  源次郎の相続財産中には、東政に対する出資が存在した(その口数については暫く措く。)。

3  東政は、本件相続開始当時、株式会社キャラバン(以下「キャラバン」という。)の取引銀行六社及び商社に対する借入金債務のうち四〇億四二八三万〇七八八円(極度額四九億七〇〇〇万円)につき、八千代市所在の土地建物等(以下「本件不動産」といい、八千代市所在の土地建物を「八千代物件」という。)に根抵当権を設定していた。また、東政は、株式会社デーアンドシー(以下「デーアンドシー」といい、キャラバンと併せて「主たる債務者ら」という。)の取引銀行四社に対する借入金のうち六億八四八〇万円(極度額九億七五〇〇万円)につき、本件不動産に根抵当権を設定していた(甲A一二、甲B一五、一六)。

また、源次郎は、取引銀行との包括保証契約又は個別保証契約に基づき、主たる債務者らの債務(約六一億九〇〇〇万円ないし約六六億四八〇〇万円)の大部分につき連帯保証していた(甲A一二、甲B一の1ないし12、二、原審相原告寺田昌弘)。

4  本件相続に関する課税等の経過は次のとおりである。

(一) 控訴人は、本件相続について、平成五年三月八日、被控訴人に対し、課税価格を四億八三三九万二〇〇〇円、相続税額を二億二一〇六万〇一〇〇円とする確定申告をした。

なお、右確定申告に際し控訴人が提出した「相続税がかかる財産の明細書」には、東政の出資につき、合計六八〇〇口、単価七万三二七四円、価額合計四億九八二六万三二〇〇円である旨の記載があり、控訴人は、これを相続財産に含めていた(甲B七)。

(二) 控訴人は、平成五年一二月一三日、被控訴人に対し、課税価格を四億八三三九万二〇〇〇円、相続税額を二億二三二六万四三〇〇円とする修正申告をした。

なお、控訴人は、右修正申告において、東政の出資一口の金額が七万三五三三円であるとし、一口当たり二五九円、六八〇〇口で合計一七六万一二〇〇円増額して申告した(甲B八)。

被控訴人は、右修正申告に基づき、控訴人に対し、平成五年一二月二〇日、過少申告加算税二二万円を賦課する旨の賦課決定をした。

(三) 被控訴人は、控訴人が、源次郎の所有に係る東政の出資四六〇〇口を東政の従業員である根上直子、高野シヅ及び池田幾子に贈与されたかのように仮装し(なお、右贈与を「本件贈与」という。)、課税価格の基礎となる財産を過少に申告していたとして、平成五年一二月二七日付で、控訴人に対し、課税価格を五億六七九五万五四〇〇円、相続税額を二億七三七七万七九〇〇円、過少申告加算税の額を五〇五万一〇〇〇円とする相続税の更正及び加算税の賦課決定(以下「本件更正処分」という。)をした(甲B九の2、乙B二)。

(四) 控訴人は、平成六年二月二五日、被控訴人に対し、本件更正処分につき異議申立てをした。控訴人は、異議申立てにより、課税価格を四億八三三九万二〇〇〇円、相続税額を二億二三二六万四三〇〇円に減額してもらうことを意図したものである。

右異議申立ての理由は、被控訴人が本件更正処分をするに当たり、本件贈与の事実が存在しないと認定したのは誤りであるというものである(乙A七、乙B二)。

(五) 控訴人は、平成六年三月八日、被控訴人に対し、課税価格を四億八三三九万二〇四一円、相続税額を一億九四四四万七六〇〇円とする更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。

本件更正の請求の理由は、本件更正処分に係る東政の出資一口当たりの評価額七万三五三三円は過大であり、それが零円とされるべきである、すなわち、東政は、主たる債務者らのため物上保証をしているところ、主たる債務者らが事実上倒産したので、話し合いの結果、東政が物上保証人としての責任を果たすため、主たる債務者らの債権者に合計四〇億円以上を代位弁済した上、主たる債務者らに対する求償権を放棄することになったので、代位弁済すべき債務を相続税法一四条一項の確実な債務に準じて計算すべきであり、右計算によれば、東政の出資は零円と評価されるというものである(甲B一〇の1、乙A九)。

(六) 被控訴人は、本件更正の請求につき、平成六年七月一九日、控訴人に対し、更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。

本件通知処分の理由は、「平成4年9月9日の相続開始時点において、主たる債務者が破産・和議・会社更生あるいは強制執行等の手続きを受け、又は事業閉鎖等の事実も認められないことから、本件更正請求に係る債務は、相続税法14条1項に規定する確実な債務とは認められません。」というものである(甲B一一)。

(七) 控訴人は、平成六年九月一四日、被控訴人に対し、本件通知処分につき、異議申立てをした。控訴人は、異議申立てにより、課税価格を四億八三三九万二〇〇〇円、相続税額を一億九四四四万七六〇〇円に減額してもらうことを意図したものである。

控訴人は、右異議申立てにつき、被控訴人に対し、異議申立書を提出しているところ、右異議申立書の「異議申立てに係る処分」欄には、「平成6年3月8日提出の平成4年分の相続税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の処分」との記載が、「異議申立ての趣旨及び理由」の「(1)趣旨」欄には「平成6年3月8日提出の平成4年分の相続税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の処分の取消しを求める。」との記載が、右異議申立書の別紙には、「1 原処分庁は、異議申立人の更正の請求に対して、更正すべき理由がない旨の処分を為した。その理由は、『平成4年9月9日の相続開始時点において、主たる債務者が破産・和議・会社更生あるいは強制執行等の手続きを受け、又は事業閉鎖等の事実も認められないことから、本件更正請求に係る債務は、相続税法14条1項に規定する確実な債務とは認められない』としている。2 しかしながら、次に述べるとおり本件更正の請求は、相続税法第14条1項に規定する確実な債務として相当な理由に基づくものであり、これに対する原処分庁の処置は不適法であるというべきである。」との記載がそれぞれ存した(甲B一二の1、2、弁論の全趣旨)。

(八) 被控訴人は、平成六年一二月七日、控訴人に対し、前記(四)の同年二月二五日付異議申立て及び右(七)の同年九月一四日付異議申立てを併合する旨の通知をした(甲B一三、弁論の全趣旨)。

(九) 被控訴人は、平成六年一二月一三日、控訴人に対し、「各異議申立てを併合して審理したことに伴い、更正の請求額を超える全部につき審理した結果、異議申立てをいずれも棄却します。」との異議決定(以下「本件異議決定」という。)をした。

なお、本件異議決定に係る異議決定書には、「異議申立人から平成6年2月25日付でされた平成5年12月27日付の平成4年9月9日相続開始に係る相続税の更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分並びに平成6年9月14日付でされた平成6年7月19日付の平成4年9月9日相続開始に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分に対する異議申立について、下記の通り決定します。」との前文を付し、「主文」として「各異議申立てを併合して審理したことに伴い、更正の請求額を超える全部につき審理した結果、異議申立てをいずれも棄却します。」と記載されており、本件異議決定は、前記(四)の同年二月二五日付異議申立て及び前記(七)の同年九月一四日付異議申立てについて、これらをいずれも棄却するものであった(甲B一三)。

(一〇) 控訴人は、平成七年一月一三日、国税不服審判所長に対し、審査請求(以下「本件審査請求」という。)をした。

本件審査請求に係る審査請求書には、「審査請求をしようとする処分(原処分)」欄に、「原処分庁」として「鎌倉税務署長」との、「原処分の通知書に記載された年月日」として「平成6年7月19日」との、「処分名」として「更正をすべき理由がない旨の通知処分」との各記載がされており、さらに、右書面の別紙「審査請求の理由」において、東政の物上保証債務が相続税法一四条一項に規定する「確実な債務」と認められることが詳細に論じられていた(甲B一四の1)。

(一一) 国税不服審判所長は、本件通知処分と本件更正処分をあわせ審理した上、平成八年六月一二日付で、控訴人に対し、本件審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした(甲B六)。

4  控訴人が主張する本件更正処分の根拠は、別紙「課税価格等の計算明細表」、「相続税額算出表」及び「加算税の額の計算明細書」記載のとおりであるところ、控訴人は、右根拠のうち、別紙「課税価格等の計算明細表」順号3の有価証券の価額(東政の出資の口数及び評価額)及び同8の債務額(源次郎の連帯保証債務の控除)について争うものである(なお、控訴人は、修正申告においては、源次郎の債務を争っていなかったが、本訴においては連帯保証債務が確実な債務に当たるとして、これを控除するよう主張するに至っている。)。

控訴人が争っている以外の課税根拠(別紙「課税価格等の計算明細表」順号1、2、4ないし6、9)については、甲B七、八により認めることができるから、右有価証券の価額及び債務額が被控訴人の主張のとおりであるとすれば、被控訴人の主張する相続税額及び過少申告加算税額等がすべて正しいことになり、これは、本件更正処分における右各税額よりも多くなるので、本件更正処分は、結論として適法になる(なお、東政の出資の評価額については、取引相場のない株式の価額に準じ、本件相続開始当時の東政の資産から負債を控除した純資産額を発行済出資口数により除して算出するのが相当である〔甲A九、甲B一〇の1、弁論の全趣旨〕)。

二  主たる争点

1  本件更正処分についての審査請求前置の有無(被控訴人の本案前の抗弁)

2  源次郎の連帯保証債務及び東政の物上保証債務が、相続税法一四条一項に規定する相続財産の価額から控除することができる「確実と認められる」債務に該当するか否か

三  主たる争点についての当事者の主張

1  本件更正処分についての審査請求前置の有無(被控訴人の本案前の抗弁)

(一) 被控訴人の主張

控訴人は、本件審査請求において、本件更正処分についての審査を求めておらず、本件更正処分については審査請求を経ていないから、その取消しを求める訴えは不適法である。

(1) 国税通則法八七条一項は、審査請求をするについては、審査請求に係る処分、審査請求に係る処分があったことを知った年月日、審査請求の趣旨及び理由、審査請求の年月日を記載した審査請求書を提出してすることを要求しているところ、右規定の趣旨からすれば、審査請求における審査の対象は、原則として、審査請求書に記載された「審査請求に係る処分」に限定されることになる。

控訴人は、本件審査請求に係る審査請求書において、本件通知処分のみを記載して審査請求をしているから、本件審査請求の審査の対象が本件通知処分に限定されていることは明らかである。

(2) 控訴人は、本件更正の請求は、本件更正処分の違法の主張を含み込んでおり、本件審査請求は、本件更正処分についての審査をも求めている旨主張するが、審査請求書に全く記載されていない審査請求人の主観的意図を根拠として審査請求の対象を拡張することができないことは明白である。

また、本件更正処分に対する異議は、東政の出資の一部が東政の社員に仮装贈与されたとの認定を争うものであり、本件通知処分に対する異議は、東政が求償不能の物上保証をしていることを理由として東政の出資の価格評価を争うものであって、両者は全く異なるものであり、控訴人は、両者を明確に区別してそれぞれの処分について異議を申し立てたと認められるから、控訴人の意思としても、本件審査請求には、本件更正処分についての不服申立てを含んでいなかったことが明らかである。

(3) 国税通則法一〇四条四項に規定するあわせ審理は、納税者の権利救済や行政の統一的判断の観点から、納税者が不服申立てをしていない処分についても職権で審理を行うことができることとしたものであるが、あわせ審理された場合であっても、不服申立てのされていない処分を取り消す必要がないときには、不服申立てされた処分についてのみ裁決をすることになる。本件裁決においては、審査請求された本件通知処分についてのみ裁決がされたものであって、本件更正処分についての裁決はされていない。

(4) 以上のとおり、控訴人は、本件更正処分について、審査請求を経ていないものである。

(二) 控訴人の主張

(1) 本件更正の請求は、控訴人が納付すべき税額を一億九四四四万七六〇〇円としてされたものであり、本件更正の請求が認められれば、当然、控訴人の納付すべき税額を二億七三七七万七九〇〇円とした本件更正処分も取り消されるものである。したがって、本件更正の請求は、本件通知処分の審査のみならず本件更正処分の審査をも含み込んでいるものであり、本件更正の請求に対してされた本件通知処分においても、本件更正処分に対する審理判断が行われているのである。

そうすると、本件裁決において、少なくとも、本件通知処分に対し裁決がされている以上、本件更正処分についても、審査請求を経ているというべきである。

(2) 本件裁決は、本件更正の請求の中に本件更正処分についての審査請求が含まれているため、本件通知処分と本件更正処分の双方について採決した。このことは、本件裁決にかかる裁決書に「原処分―相続税の更正の請求に対する平成六年七月一九日付更正をする理由がない旨の通知処分(平成五年一二月二七日付更正処分をあわせ審理)」と記載されていることから明らかである。

したがって、この点からも、本件更正処分についても、審査請求を経ているというべきである。

2  源次郎の連帯保証債務及び東政の物上保証債務が相続税法一四条一項に規定する「確実な債務」に該当するか

(一) 控訴人の主張

源次郎は、死亡時、主たる債務者らの債務六六億四七〇〇万円について連帯保証していた(甲B一1ないし12、二)。また、東政は、主たる債務者らの債務につき、本件不動産に極度額が合計五九億四五〇〇万円の根抵当権を設定していた(甲B一五、一六)。そして、主たる債務者らは、以下のとおり、本件相続が開始した平成四年九月九日当時、弁済不能の状態にあったため、源次郎又は東政が、右連帯保証債務又は物上保証債務を履行しても、主たる債務者らに対し求償することが不可能であったから、右連帯保証債務及び物上保証債務は、相続税法一四条一項に規定する「確実と認められる」債務に該当するものであった。したがって、源次郎の右連帯保証債務は、相続財産の価額から控除されるべきであり、また、東政の出資については、右物上保証債務の存在を考慮すると、その評価額が零円になるから、相続財産の価額を算定するに当たって、東政の出資を零円として算定すべきである。

なお、主たる債務者らが弁済不能の状態に陥っていたか否かについては、子会社との連結決算を基にして判断されるべきである(甲B三一ないし三三、三四及び三五の各1、2)。

(1) 主たる債務者らは、本件相続開始の数年前から欠損金が生じており、本件相続開始時点で債務超過の状態に陥っていたものであって(甲B三の1、2、三六)、このことは、後記の会社整理手続開始申立ての時点と何ら変わっていなかった。会社整理手続の申立てが遅れたのは、源次郎の病気入院中に会社整理の具体的手続きをすることを避けたかったことによるものである。

キャラバンについては、分社した子会社との連結決算によると、平成二年度から平成五年度まで税引前利益が約二億九〇〇〇万円ないし約二四億円ものマイナスとなっており、また、総資産から総負債を引いた純資産においても約一二億円ないし約三三億円ものマイナスとなっていた(甲B一八ないし二四)。

(2) 主たる債務者らは、本件相続開始当時、売上、利益及び債務超過の状態から判断して、借入金等の返済が現実的に不可能になっていた(甲B四)。

(3) 東政は、資産を売却してキャラバンの債権者に代位弁済をしてもキャラバンに求償して返済を受ける見込みはなかった。

(4) キャラバンは、本件相続開始の半年以上前から、大口債権者である株式会社東京三菱銀行(当時は、株式会社三菱銀行。以下「三菱銀行」という。)との間で、キャラバンと東政が合併した上、東政の資産を売却してキャラバンの債務を返済するなどの債務整理等についての具体的交渉、打ち合わせが行われていた。同様に、キャラバンは、日商岩井株式会社(以下「日商岩井」という。)との間でも、キャラバンを存続させるか整理するかの話などをしていた。

(5) 主たる債務者らは、本件相続開始前後を通じて、本件不動産の売却を前提とした債務整理方針に基づいてされたものを除き、金融取引が途絶えていた。また、主たる債務者らが受けた融資は、会社整理手続に移行するまで会社を存続させるためのつなぎ融資に過ぎず、会社再起のための借入ではない。

(6) 相続税の申告に当たり、キャラバンの株式(一株の額面五〇〇円)の評価は一株一七円とされ、事実上の評価は無価値に等しいものであったが、このことは、申告後の税務調査においても確認されている。

(7) 本件相続開始後、源次郎の法事等を経て、主たる債務者らについて会社整理の手続が進められ、平成五年一一月二九日、会社整理手続開始の申立てがされている。

(8) 裁判所は、右会社整理手続開始の申立てを受け、調査の上、主たる債務者らの破産状態を認定している(甲五の1、2)。

(9) 東政所有の八千代物件は、平成六年六月二七日、整理計画案に基づき、四九億八六六三万三〇七八円で売却され、主たる債務者らの債務の弁済に充てられたが、求償については、一部の求償債権につき相殺及び放棄の手続が取られ、残余についてはいずれも劣後債権であり、整理計画中は弁済されないこととされたものであって、事実上、求償することはできないものである。

なお、右求償可能性の判断は、国税通則法七〇条二項、四項が、国税の更正又は賦課決定の期間を五年間と定めていること等からすれば、主たる債務者らに対する求償権の行使が五年以内に可能か否かにより判断すべきであるところ、主たる債務者らの整理計画案では、東政の求償債権の行使が五年以内にはできない旨定められているから、相続税評価上も、行使不能の債権として扱われるべきである。

(二) 被控訴人の主張

保証債務が「確実と認められる」債務に当たるか否かは、相続開始当時、主債務者が弁済不能の状態にあるか否かにより決されるものであり、また、主債務者が弁済不能の状態にあるか否かは、一般に、債務者が破産、和議、会社更生若しくは強制執行等の手続開始を受け、又は事業閉鎖、行方不明等により債務超過の状態が相当長期間継続しながら、他から融資を受ける見込みもなく、再起の目途が立たないなどの事情により事実上債権の回収ができない状況にあることが客観的に認められるか否かで決せられるべきところ、主たる債務者らは、以下のとおり、本件相続が開始した平成四年九月九日当時、再起の目途が立たないような状態になく、弁済不能の状態にあったとはいえない(なお、主たる債務者らが債務超過の状態にあることは支払能力の有無を判断するに当たって考慮されるべき一事情に過ぎない。)から、源次郎の連帯保証債務及び東政の物上保証債務は、相続税法一四条一項に規定する「確実と認められる」債務に該当しない。したがって、源次郎の右連帯保証債務を、相続財産の価額から控除すべきではなく、また、東政の出資を評価するに当たって、右物上保証債務の存在を考慮すべきではない。

なお、各法人は、それぞれ独立の法人格を有するものであり、その債務は各法人固有の債務であるから、親子会社の関係にあることをもって、当該法人が、他の法人の債務について法的責任を負うことはない。したがって、主たる債務者らが弁済不能の状態に陥っていたか否かについては、子会社との連結決算を基にして判断されるべきであるとの控訴人の主張は理由がない。

(1) キャラバンは、帳簿価額によれば、平成四年一二月決算期に至って初めて債務超過に陥った。しかし、右帳簿価格は、買換え資産について圧縮記帳した上で資産の額を算出しているものであり、実質的な帳簿価額による純資産額は五億六五〇〇万円のプラスであり、右決算期においても債務超過の状態になかった。

(2) キャラバンの資産について相続税評価額により資産・負債を算出すると、資産が約七九億六六〇〇万円、負債が八八億一〇〇〇万円であり、約八億四四〇〇万円の債務超過になる。しかし、当該法人が実質的に債務超過であるか否かを判断するためには、その時の実勢価格により資産を評価するのが相当である。実勢価格によった場合、本件相続開始当時のキャラバンの資産は、約一七億〇五〇〇万円のプラスとなり、債務超過の状態になかった。

(3) キャラバンは、平成三年九月二四日ころから、三菱銀行との間で、平成四年三月二三日ころから、日商岩井との間で、それぞれ協議をし、借入金の大幅圧縮、キャラバン所有の不動産の売却等を通じて事業を継続していくことを合意していたものであり、また、現実に、キャラバン所有の不動産の売却について交渉がされていた。さらに、キャラバンは、本件相続開始後に、三菱銀行等から、一六回にわたり合計一〇億五〇〇〇万円の融資を受けた。

以上のとおり、キャラバンは、本件相続開始当時、再起の目途が立たない状態ではなかった。

(4) デーアンドシーは、帳簿価格上は平成二年一二月事業年度から債務超過に陥っているが、債務超過の割合は低かったものであり、平成三年ころ、キャラバンから移譲を受けた「ヴイム」ブランドの売上が好調であり、平成二年まで約二七億円程度で推移していた年間売上高が平成三年及び平成四年には三六億円台と一三三パーセントも伸び、また、海外の業者に対する発注などを通じて製造原価の削減が図られた。さらに、デーアンドシーは、本件相続開始後の平成五年一月二六日、千葉興行銀行神田支店から、運転資金として二〇〇〇万円の融資を受けた。

以上のとおり、デーアンドシーは、本件相続開始当時、再起の目途が立たないような状況ではなかった。

(5) 主たる債務者らは、本件相続開始当時、関係銀行に対し債務不履行の状態にあったわけではなく、仮差押え、差押え又は競売の申請、破産、和議開始、会社整理開始又は会社更生手続開始の申立て、支払停止及び取引停止処分等を受けておらず、債権者集会の協議等による資産整理に入ったわけでもなかった。主たる債務者らが、会社整理の申立てをしたのは、本件相続が開始してから約一年二か月を経過した平成五年一一月一九日である。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件更生処分についての審査請求前置の有無)について

1  国税通則法八七条一項は、審査請求人が審査請求をするについては、審査請求に係る処分、審査請求に係る処分があったことを知った年月日、審査請求の趣旨及び理由、審査請求の年月日を記載した審査請求書を提出してすることを要求し、また、同条三項は、審査請求の趣旨については、処分の取消し又は変更を求める範囲を明らかにするように記載することを、審査請求の理由については、処分に係る通知書その他の書面により通知されている処分の理由に対する審査請求人の主張を明らかにすることを求めている。このように、審査請求について、必ず書面によるものとし、しかも、審査請求書の記載要件を明確に定めたのは、年間数万件にも及ぶ異議申立て又は審査請求が提起される現実を考慮し、異議申立て又は審査請求の対象を書面により明確に特定し、過誤等の発生を防止するためであると認められる。

右規定の趣旨にかんがみれば、審査請求人がいかなる処分について審査請求をしているかについては、審査請求人の提出に係る審査請求書の記載を基準として定められるというべきであり、必ずしも審査請求書に記載された審査請求に係る処分欄記載の処分に限定されるものではないが、少なくとも、審査請求書の記載を合理的に解釈しても、不服を申し立てていると認められない処分については、審査請求の対象とされていないといわざるを得ない。

2  前記第二、一4(一〇)のとおり、本件審査請求に係る審査請求書には、「審査請求をしようとする処分(原処分)」欄に、「原処分庁」として「鎌倉税務署長」との、「原処分の通知書に記載された年月日」として「平成6年7月19日」との、「処分名」として「更正をすべき理由がない旨の通知処分」との各記載がされており、さらに、右書面の別紙「審査請求の理由」において、東政の物上保証債務が相続税法一四条一項に規定する「確実な債務」と認められることが詳細に論じられていたが、本件贈与が仮装でないことなど本件更正処分及びこれに対する異議申立てに関する事実は全く記載されていない(甲B一四の1)。

控訴人は、本件更正の請求は、控訴人が納付すべき税額を一億九四四四万七六〇〇円としてされたものであり、本件更正の請求が認められれば、当然、控訴人の納付すべき税額を二億七三七七万七九〇〇円とした本件更正処分も取り消されるものであるから、本件更正の請求は、本件通知処分の審査のみならず本件更正処分の審査をも含み込んでいる旨主張するが、本件更正の請求が認められた場合に、納付すべき税額が一億九四四四万七六〇〇円となり、本件更正処分で認定された控訴人の納付すべき税額二億七三七七万七九〇〇円を下回ることになるのは、東政の出資の評価額が零円とされる結果であり、本件贈与が仮装でないとされる結果ではない(本件贈与が仮装として否認されたままであったとしてもその評価額は零とされるから結論に影響しない。)から、本件更正の請求が、控訴人が納付すべき税額を一億九四四四万七六〇〇円としてされたからといって、本件審査請求書において、本件更正処分についても言及されていると解することはできず、控訴人の右主張は、採用することができない。

以上のとおり、本件審査請求書には、本件更正処分に触れたところは全くないから、本件審査請求が本件更正処分をもその対象としていたと認めることはできない。

3  なお、国税通則法一〇四条四項に規定するあわせ審理は、同一の国税について複数の更正決定等がされた場合、審理の重複、判断の矛盾、抵触等を避け、納税者の手数を軽減しつつ簡易迅速な権利救済を図るなどの趣旨から、国税不服審判所長等は、納税者が不服申立てをしていない他の更正決定等についても職権で審理を行うことができることとしたものであるが、あわせ審理された場合であっても、不服申立てのされていない他の更正決定等を取り消す必要がないときには、不服申立てがされた更正決定等についてのみ裁決をすることになるものと解される。

本件裁決は、主文において、単純に「審査請求を棄却する。」としており、理由においても、本件贈与が仮装されたものであるか否かについては触れていないから、審査請求された本件通知処分についてのみ裁決したものであり、本件更正処分については裁決していないことが明らかである(甲B六)。

したがって、本件裁決についてあわせ審理がされたことをもって、本件更正処分についても審査請求を経ているということはできない。

4 以上の次第で、本件更正処分の取消しを求める訴えは、審査請求を経ていないから、不適法であり、却下を免れない。

二  争点2(源次郎の連帯保証債務及び東政の物上保証債務が相続税法一四条一項に規定する「確実な債務」に該当するか)について

1(一)  相続税法一三条一項は、相続に因り取得した財産については、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの等の金額のうち当該相続人の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定している。また、同法一四条一項は、当該財産の価額から控除すべき被相続人の債務は「確実と認められるものに限る」旨規定している。

(二)  連帯保証債務及び物上保証債務は、主債務者が主たる債務を履行した場合には、保証人がその責任を免れる性質のものであるから、将来、保証人がその債務を履行することになるかどうかは確実ではなく、仮に、保証人が保証債務を履行したとしても、その履行による損失は、主債務者に対する求償権を行使することによりてん補されることが予定されている。したがって、連帯保証債務及び物上保証債務は、原則として、同法一四条一項に規定する「確実と認められる」債務には該当しない。しかし、相続開始時において、主債務者が弁済不能の状態にある場合には、保証人において保証債務の履行をしなければならないことが確実である上、履行後に主債務者に対し求償権を行使して損失のてん補を受けることが不可能であるから、このような場合には、例外的に、連帯保証債務及び物上保証債務も確実な債務に該当するというべきである(相続税基本通達14―5参照。乙A一五)。

(三)  主債務者が、相続開始当時、弁済不能の状態にあるか否かは、当該債務者について、破産、和議、会社更生又は強制執行等の手続が開始し、若しくは事業の閉鎖等により債務超過の状態が相当期間継続していて他からの融資を受ける見込みもなく、再起の目途が立たないなど、主債務者に対し求償権を行使しても、事実上回収不可能な状況にあることが客観的に認められるか否かにより判断するのが相当である。

また、主債務者が弁済不能の状態にあるか否かの判断については、相続開始後の事情も間接事実として考慮することが許されるが、相続税法一三条一項が、「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」を相続財産の価額から控除すると規定し、同法二二条が「当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。」と規定している趣旨にかんがみれば、遺贈等の場合のように相続の開始があって初めて債務が発生するなどの特段の事情がない限り、右判断の基準時が相続開始時であることも明らかであり、相続開始後の一定時期を基準として、主債務者が弁済不能であったか否かを判断する余地はないというべきである。

2  右1を前提に、本件相続開始当時、主たる債務者らが弁済不能の状態にあったか否かを判断するに、以下のとおり、本件相続開始当時、主たる債務者らが弁済不能の状態にあったとは認められない。

(一) キャラバンの経営状況等

(1) キャラバンの経営状態

① キャラバンは、源次郎により、昭和二一年に個人商店として設立され、昭和二八年に法人化された婦人服の製造・販売等を業とする株式会社である(甲B一五)。

② キャラバンの昭和六二年二月一日から平成五年一二月三一日までの各事業年度の財務状況は、帳簿上、別紙「キャラバンの経営及び財務状況」記載のとおりであり、平成二年度までは売上総利益、税引前損益共にプラスであり、平成三年度からこれらがマイナスに転じたこと、税引前損益は、平成三年度において一億七五四五万円余りのマイナスであったのが、平成四年度には二四億五九二一万円余りと約一四倍にも増加したこと、また、平成三年度までは純資産の額はプラスであり、平成四年度に至って初めて一億四九六〇万円余り(総売上高の約2.967パーセント、資産の約0.168パーセント)のマイナスを計上し、これが平成五年度には約一八倍の二七億〇一六九万円のマイナスに増加したこと、また、経常損益については、平成四年四月一日の分社の統合等による経営の効率化により、平成四年度において経常損失が前年度の六億三五〇〇万円余りから四億五〇〇〇万円余りへとやや改善したものの、平成五年度には八億円余りに増大したことが認められる。なお、平成五年度においては、子会社整理損約三二億〇七〇〇万円余りを特別損失として計上しているが、反面、固定資産売却益一五億七二〇〇万円余りを特別利益として計上しているのであって、平成五年度において、債務超過の額が大幅に拡大していることは明らかである(なお、帳簿上で見る限り、キャラバンの財務状況は右のとおりであるが、キャラバンが、平成五年度において、固定資産売却益一五億七二〇〇万円余りを特別利益として計上していることからして、キャラバン所有の不動産等にはいわゆる含み益が存在していたと認められるから、キャラバンの実際の財務状況は、資産の評価に関する限り、右帳簿上の評価よりも多くなると思われるが、この点は、暫く措く。甲B三の1、2、六、一五、二四、弁論の全趣旨)。

③ なお、キャラバンの資産の中には、子会社に対する短期貸付金として、平成三年度において約三七億円が、平成四年度において約三〇億五〇〇〇万円がそれぞれ計上されており(甲B三の1、2)、また、平成五年度において、子会社整理損約三二億〇七〇〇万円余りがそれぞれ計上されている(甲B一五、二四)が、子会社の資産状況及び経営状況に照らせば、これらの債権は不良債権であったと認められる(甲A五ないし九の各1、2)。しかし、子会社の資産状況は、平成三年度においては、ある程度の資産を有する会社が殆どであったが、平成四年度になると、キャラバンに子会社の営業が譲渡された経過もあり、殆ど負債のみ計上されるような状態であり(甲A五ないし九の各1、2)、平成五年度にはキャラバンがこれを子会社整理損として特別損失に計上していることからすれば(甲B二四)、キャラバンの子会社に対する貸付は、平成三年度、平成四年度と進むに従って不良債権の額及び回収不能の度合が大きくなっていき、平成五年度において回収不能の額が約三二億〇七〇〇万円余りであると確定したと認められる。

④ 以上のとおり、キャラバンの経営状況は、帳簿面から見る限り、平成三年度に売上総利益、税引前損益共にマイナスに転じ、平成四年度以後、債務超過になり、平成五年度に至って、債務超過の額が飛躍的に増大したものであり、子会社に対する短期貸付金の存在を考慮しても、債務超過の額が平成五年度に至って飛躍的に増大し、経営が悪化していった状況は基本的に変わらないと認められる。

(2) キャラバンと金融機関等との交渉状況

① キャラバンは、右のとおり、平成三年ころには経営の悪化が表面化してきたため、同年九月二四日、三菱銀行との間で、借入金の返済のために兵庫県神戸市中央区港島中町六―五―二所在の土地建物(以下「ポートアイランド物件」という。)及び同市中央区山本通一七―三所在の土地建物(以下「山本通物件」という。)の売却を議題として話し合いをし、大幅な金利の圧縮を行い、利息の軽減を図って事業を再構築することを合意した。また、キャラバンは、平成四年三月二三日ころから、日商岩井との間でも、不動産売却などを含め、今後事業を進めていく上での諸対策を話し合っており、平成五年二月ころには、日商岩井に担保物権を差し入れて与信枠を拡大し、取引を拡大することなども話し合われた(甲B四、乙A一八)。

② キャラバンは、三菱銀行との合意等に基づき、ポートアイランド物件及び山本通物件の売却を進めることとし、山本通物件について、平成四年四月ころから少なくとも同年九月八日ころまで、賃借人である阿含宗との間で売却の交渉を進めたが、条件が折り合わず、同年九月二四日ころ予定されていた交渉が延期されるなどして、売却ができないで終わった。

他方、ポートアイランド物件については、同月に国土利用計画法の売却許可を受けた上、三菱銀行から紹介されたシャルレに対し、平成五年三月二五日、一九億九七〇〇万円で売却され、右売却代金のうち一三億六四〇〇万円が金融機関に返済され、納税引当金を控除した残額四億八三〇〇万円が赤字補てん資金としてキャラバンに留保された(甲B四、乙A一八、一九の1ないし4)。

③ 東政は、八千代物件について、平成四年四月ないし同年八月ころまでは、一〇年ないし二〇年の期間で賃貸したい旨の意向を持っており、その旨三菱銀行に申し入れていた。しかし、キャラバンないし東政は、山本通物件が売却できなかったことから、平成五年五月二一日ころから、三菱銀行等との間で、東政所有の八千代物件を売却し借入金の返済を図ること、キャラバンを清算して新会社によりキャラバンの事業を引き継ぐこと、キャラバンに対する今後の銀行、商社の支援を受けること等の話し合いをしたところ、同年八月一八日ころには、三菱銀行等から、八千代物件を売却することを前提として、六億円の資金援助を受けることなどの方針が示された。なお、キャラバンの営業を新会社に引き継ぐことについては、同年二月ころにも話が出ていたが、これが現実的な課題として俎上に載せられたのは同年五月二一日ころからであると認められる(甲B四、乙A一八、一九の1ないし4)。

④ キャラバンは、右①ないし③のような経過の中で、別紙「キャラバンへの銀行の融資状況(平成4年9月9日以降の新規融資)」のとおり、三菱銀行等から、本件相続が開始した後の平成四年一二月一日から平成五年一〇月一五日までの間、一六回にわたり、合計一〇億五〇〇〇万円の融資を受けた(当事者間に争いがない。)。

(3) キャラバンの意向等

キャラバンは、毎年四回、小売店を招いて展示会を行い、商品を売りさばいており、その比率は全売上の約七割に及んでいた。キャラバンの代表取締役寺田昌弘は、平成五年三月当時、キャラバンの開催する衣料品の展示会が成功すれば、キャラバンを存続したいとの意向を有していたが、同月の展示会における秋物衣料品の売上は前年並みに過ぎなかった(乙A一九の3、原審における相原告寺田昌弘本人)。

このような経過の中で、キャラバンは、平成五年五月二一日ころ、三菱経営相談所の所長、相談員に対し、キャラバンを清算した場合の税務問題、相続税の相談をしたが(甲B四)、それ以前に、金融機関等との間で、キャラバンの整理・清算等が現実的な話題になったことはなかった。

(4) 会社整理開始申立て及びその履行

① キャラバンは、昭和六二年に各事業部の分社化の推進による事業の活性化を図ったが、却って、スタッフの整備が伴わなかったことなどから、過大な赤字を計上するに至った。キャラバンは、右事態を打開するため、資産の売却の他、赤字部門の廃止、分社の統合等による経営の合理化策を取ったが、商品構成のマンネリ化、ブランド展開によるコストの増加等の問題を解決できず、バブル経済後の景気後退による売上の減少に直面し、平成五年一一月一九日、東京地方裁判所に対し、会社整理開始決定及び保全命令を求める申立てをした(甲B一五)。

② 東京地方裁判所は、平成五年一一月二二日、右①の保全命令を求める申立てを認容して、キャラバンの会社財産の保全処分命令を発した上、破産手続に移行することなく、平成六年六月二七日、キャラバン及びその監督者から提出された整理計画案に基づく整理の実行を命じる決定をした(甲B六、一五)。

③ 整理計画案におけるキャラバンの事業計画は、ニット製品の販売拡大、専門店における販売の強化等により収益力の強化を目指し、経営能力のある役員を迎え入れ、デザイナーの交代による商品開発力の強化を図り、人員削減等による経費削減をし、堅実な経営をして行くことなどを基本とし、弁済計画は、担保付整理債権について利息損害金の一部免除を受け、物上保証付整理債権について利息損害金の一部免除を受けると共に、東政所有物件について次の④のとおり処理し、一般整理債権について元本の二〇パーセント及び利息損害金の免除を受け、残余を、営業収益金をもって平成六年一二月三一日から平成一三年一二月三一日までに分割弁済するなどというものであった(甲B一五)。

キャラバンは、現在、右整理計画案に従って、弁済を続けている(原審証人坂元博)。

④ 東政は、整理計画案において、八千代物件を売却してその代金をキャラバンの債権者に代位弁済し、右代位弁済に係る求償債権のうち七億二〇〇〇万円を東政のキャラバンに対する立退料と相殺し、一三億円については債権を放棄し、残余については劣後債権とし、整理計画期間中の弁済を受けず、整理計画の終了一年前から劣後債権の弁済について、キャラバンと所要の協議をすることとされた。

東政は、平成六年六月二七日、整理計画案に基づき、八千代物件を四九億七五九五万一〇〇〇円で売却し、キャラバンの債務合計三八億二三七二万六一六〇円を返済した(甲A一一、甲B二一、原審における相原告寺田昌弘本人)。

(二) デーアンドシーの経営状況等

(1) デーアンドシーの経営状態

① デーアンドシーは、キャラバンのデザイン部門を独立させて事業展開をするため、昭和六〇年九月一日、事実上新会社として発足したアパレル製品の製造販売を業とする会社であり、平成元年ころまでは順調な事業展開をしていた(甲B一六)。

② デーアンドシーの昭和六二年八月一日から平成五年一二月三一日までの各事業年度の財務状況は、帳簿上、別紙「デーアンドシーの経営及び財務状況」記載のとおりであり、売上総利益は各期ともプラスであり、税引前損益は、平成元年七月まではプラスであり、平成二年度からこれらがマイナスに転じたこと、税引前損益は、平成二年度ないし平成四年度において七三二万円余りないし七二四二万円余りのマイナスに過ぎなかったが、平成五年度において、これが一挙に三億二七五八万円余りのマイナスに増加したこと、また、平成二年度までは純資産の額はプラスであり、平成三年度に至って初めて二五〇万円余り(総売上高及び資産の約0.2パーセント)のマイナスを計上し、これが徐々に増加し、平成四年度において約一億三五八〇万円のマイナスに、平成五年度には約四億六三〇〇万円余りのマイナスにそれぞれ増加したことが認められる(甲B一六、乙A二〇、弁論の全趣旨)。

③ 以上のとおり、デーアンドシーの経営状況は、帳簿面から見る限り、平成二年度に税引前損益がマイナスに転じ、平成三年度以後、債務超過になり、平成五年度に至って、税引き前損益のマイナス及び債務超過の額が飛躍的に増大したと認められる。

(2) デーアンドシーと金融機関等との交渉状況

① デーアンドシーは、平成三年ころ、キャラバンから、服飾ブランドの「ヴイム」を譲り受けたが、国外製造による経費節減、バブル経済時期の高級品志向等と相まって、「ヴイム」商品の販売は当初から好調であり、平成二年度に一三億一〇〇〇万円余りに低下していた売上が、平成三年度、平成四年度において約三六億円に増加したが、平成五年度には企画・デザイン担当者の交替があったことから商品の人気が急低下し、売上が二八億円台に低下した。さらに、平成二年以降の不況の影響により、内部組織の合理化・効率化の必要が生じたため、平成五年一月には企画・販売部門をキャラバンに営業譲渡し、婦人服・子供服の製造業に事業内容を集約した。また、デーアンドシーは、平成五年一月二六日ころ、千葉興行銀行から、運転資金として二〇〇〇万円の融資を受けている(甲B一六、乙A二〇、弁論の全趣旨)。

② デーアンドシーは、人件費が過大なことや、子会社に対する不良貸付が多額になったことに加えて、平成五年度になって「ヴイム」商品の販売が下降したことにより、同年一一月二二日に予定されている手形決済が困難になり、同年一一月一九日、東京地方裁判所に対し、会社整理開始決定及び保全命令を求める申立てをした(甲B一六)。

③ 東京地方裁判所は、平成五年一一月二二日、右②の保全命令を求める申立てを認容して、デーアンドシーの会社財産の保全処分命令を発した上、破産手続に移行することなく、平成六年六月二七日、デーアンドシー及びその監督者から提出された整理計画案に基づく整理の実行を命じる決定をした(甲B六、一六)。

④ 整理計画案におけるデーアンドシーの事業計画は、デーアンドシーが、アパレル業界内でも正確かつ高度な技術を駆使して高品質の商品を生産する会社として定評があるため、右技術力等を売り込むための積極的営業活動を展開していくと共に、財務内容悪化の大きな要因となった販売費、一般管理費削減を目的として余剰人員の削減等を進め、生産コストを減少させて荒利率を上昇させることにより会社を再建するというものであった(甲B一六)。

また、デーアンドシーは、弁済計画につき、担保付整理債権について利息損害金の全部免除を受け、絵画を売却して元本の返済に充て、さらに残元本につき二〇パーセントの免除を受け、残余を、営業収益金をもって平成六年一二月三一日から平成一三年一二月三一日までに分割弁済する、物上保証付整理債権について利息損害金の一部免除を受けると共に、東政所有物件の売却代金により弁済し、一般整理債権について元本の二〇パーセント及び利息損害金の免除を受け、残余を、営業収益をもって平成六年一二月三一日から平成一三年一二月三一日までに分割弁済するなどというものであった(甲B一六)。

デーアンドシーは、右整理計画案に従って、営業を続けており、当初は若干の経常損失を計上したが、平成六年一月以降は約六六七四万円の経常利益を計上するなど整理計画を上回る営業成績を上げ、全く借入をせず、順調に営業を続け、計画どおりに弁済を続けている(甲B一六)。

⑤ 東政は、整理計画案において、八千代物件を売却してその代金をデーアンドシーの債権者に代位弁済し、右代位弁済に係る求償債権を劣後整理債権とし、整理計画期間中の弁済を受けず、整理計画終了後、求償債権を放棄すること等とされた。

東政は、平成六年六月二七日、整理計画案に基づき、八千代物件を四九億七五九五万一〇〇〇円で売却し、デーアンドシーの債務合計七億〇一五五万一〇六四円を返済した(甲A一一、甲B二一、原審における相原告寺田昌弘本人)。

(三) 右(一)のとおり、キャラバンは、平成四年度において、既に税引前損益が約二四億円もの損失を計上するようになり、純資産額も同年度からマイナスに転じていたこと、加えて、子会社に対する不良貸付を考慮すれば、税引前損益の額、債務超過の額が更に大きくなることが認められる。しかし、キャラバンとしては、平成五年五月二一日ころまでは、金融機関に対し、会社を整理、清算する等の具体的かつ現実的な話を持ち出すことはなく、主として、キャラバンの再建のため、三菱銀行、日商岩井等と協議を続け、資産を売却し、金融機関から融資を受けるなどしていたものであり、本件相続が開始した後、同年三月に行われた展示会において前年並みの売上しか上げられなかったことや同年度になって税引前損失額及び債務超過額が飛躍的に増大し、経営が悪化していったことから、本件相続開始後約一年二か月を経過した同年一一月一九日に至り、会社整理開始申立てをするに至ったこと、キャラバンの経営悪化の原因は、事業部の分社化による過大な赤字の計上が引き金となっているものであり、整理計画案においては、人員削減等によるコストの削減、デザイナーの交代による商品開発力の強化等により再建を図ることとされたが、一応、右整理計画に従って経営が行われ、債務の弁済が続いていることからすれば、キャラバンが、本件相続開始当時、弁済不能の状態に陥っていたとは認められないし、再起の目途が立たない状態であったとも認められない。

また、右(二)のとおり、デーアンドシーは、平成二年度ないし平成四年度までは、税引前損失の額は約七三二万円ないし七二四二万円であってさほど大きなものではなく、債務超過の額も平成四年度において約一億三五八〇万円であって、約三六億円の売上、約二五億円の資産からすれば、さほど大きな額ではなかったが、本件相続が開始した後、平成五年度になって、「ヴイム」商品の販売が下降線を辿り、子会社に対する不良貸付が多額になったことなどから、税引前損失額及び債務超過額が飛躍的に増大し、経営が悪化していったため、キャラバンと同一歩調をとって整理開始の申立てをしたこと、デーアンドシーは、整理開始後、整理計画に従って順調に営業を続け、平成六年一月以降、約六六七四万円の経常利益を計上するまでに至っていること、デーアンドシーについても、本件相続開始後に金融機関から二〇〇〇万円の運転資金の融資がされていることなどを総合すると、デーアンドシーが、本件相続開始当時、弁済不能の状態に陥っていたとは認められないし、再起の目途が立たない状態であったとも認められない。

さらに、八千代物件の処分が具体的に検討されだしたのは、山本通物件の売却が頓挫した以後であり、はっきりと話題とされたのは平成五年五月二一日ころからであるから、本件相続開始当時、東政が、物上保証の履行を求められていたとか、物上保証の履行を求められる蓋然性が高かったということもできない。

以上の次第で、本件相続開始当時、主たる債務者らが弁済不能の状態にあり、主たる債務者らの債権者らから、源次郎(又はその相続人)の連帯保証債務の履行、控訴人の物上保証債務の履行が確実に求められていたとは認められないし、右各債務を履行した場合に、両者に対する求償が不可能であったとも認められないから、右各債務をもって、相続税法一四条一項に規定する「確実と認められる」債務に当たるとは認められない。

(四) なお、控訴人の主張について補足して判断する。

(1) 控訴人は、主たる債務者らが弁済不能の状態に陥っていたか否かについては、子会社との連結決算を基にして判断されるべきである旨主張する。確かに、支配従属関係にある二つ以上の企業集団を単一の組織体とみなし、親会社又はグループ会社全体の財政状態及び経営成績ないし支払能力を把握するためには、連結決算を基にするのも一つの有益な手法であると認められる。しかし、親会社及び子会社は、それぞれ別個独立の法人であり、しかも、親会社を生き残らせるために採算のとれない特定の子会社のみを整理することは必ずしも珍しいことではなく、その場合には、法律上、親会社の子会社に対する債権の回収、親会社の子会社に対する債務の弁済、子会社の債権者に対する保証債務の弁済等により両者の関係が処理されるものであり、右のような関係を把握するためには、親会社と子会社との債権債務関係が反映された親会社独自の決算によることが必要であり、それで十分であるといえる。本訴において提出されているキャラバンの決算書(甲B三の1、2、二四、乙A二一)には、子会社に対する貸付、キャラバンの負っている総債務等が記載されており、子会社の資産、弁済能力等を含めた上でのキャラバンの弁済能力を把握する上で何らの支障もない。逆に、本訴において提出されているキャラバングループの連結決算書(甲B一八ないし二〇)によっては、右のような親会社と子会社との関係を把握することが困難であり、親会社独自の弁済能力を把握するには相当でない。以上の次第で、本件に関する限り、連結決算により主たる債務者らの弁済能力を判断すべきであるとの控訴人の主張は採用することができない。

(2) 控訴人は、主たる債務者らが、本件相続開始の数年前から欠損金が生じており、本件相続開始時点で債務超過の状態に陥っていたものであって、このことは、会社整理手続開始申立ての時点と何ら変わっていなかった、会社整理手続の申立てが遅れたのは、源次郎の病気入院中に会社整理の具体的手続きをすることを避けたかったことによる旨主張し、原審における相原告寺田昌弘本人尋問の結果及び証人坂元博の証言中には右主張に沿う供述部分が存するが、右(一)、(二)で認定したとおり、本件相続開始当時と整理開始申立てがされた当時では、主たる債務者らの資産状態及び経営状態に大きな違いがあり、平成五年度に至って、主たる債務者らの税引前損失の額及び債務超過の額は飛躍的に増大しているのであって、本件相続開始当時と整理開始申立てがされた当時を比較して何らの変化もなかったということはできないこと、キャラバンの清算等についての話が具体的に出てきた時期については、当時の書証として残っているのは三菱銀行等のメモ書き等があるにすぎないが(甲B四、乙A一八、一九の1ないし4、二〇)、その中には、本件相続開始前にキャラバンの清算に言及しているものはなく、却って、平成五年五月二一日ころまでは、キャラバンの再建のための方策が話し合われていたことが認められることに照らすと、坂元博及び寺田昌弘の前記供述はたやすく信用することができず、右主張は採用することができない。

(3) また、控訴人は、東政が、資産を売却してキャラバンの債権者に代位弁済をしてもキャラバンに求償して返済を受ける見込みはなかった、現に、整理計画案の実行の過程において、八千代物件を売却して主たる債務者らの債務の弁済に充てたものの、その求償債権が放棄、相殺され、残余について劣後債権とれ、整理計画中弁済されないこととされ、求償することができないことから明らかである旨主張する。確かに、右整理計画案の趣旨からすれば、東政の求償債権が実質上回収不能であることは明らかであるといえるが、しかし、本件相続開始当時は、東政が物上保証債務の履行を迫られるとか、キャラバンについて整理開始の申立てがされることなどは未だ確実でなかったものであり、その後の事情の変化により、右のような整理開始案が作成され、実行されたことをもって、本件相続開始当時においても、東政の求償債権が実質上回収不能であったと認めることはできないから、控訴人の右主張は、採用することができない。

(4) 控訴人は、国税通則法七〇条二項、四項が国税の更正又は賦課決定の期間を五年と定めていること等を根拠として、東政の主たる債務者らに対する求償可能性は、主たる債務者らに対する求償権の行使が五年以内に可能か否かにより判断すべきであるところ、主たる債務者らの整理計画案では、東政の求償債権の行使が五年以内にはできない旨定められているから、相続税評価上も、行使不能の債権として扱われるべきである旨主張する。しかし、主たる債務者に対する求償可能性を相続開始後五年以内に債権の行使が可能であったか否かを一つの間接事実として考慮すべきであることは認められるとしても、相続開始の五年後において客観的に債権の行使が可能であったか否かを基準として「確実と認められる」債務であるか否かを判断することは、相続開始後に生じた事情の変化により債権の回収ができなくなった場合にも「確実と認められる」債務として相続財産の価額から控除することを認めることになり相当でないから、結局、前記1のとおり、「確実と認められる」債務であるか否かは、相続開始当時を基準として判断することとせざるを得ないものであり、控訴人の右主張は、採用することができない。

(5) 控訴人は、主たる債務者らが、本件相続開始前後を通じて、本件不動産の売却を前提とした債務整理方針に基づいてされたものを除き、金融取引が途絶えていた上、主たる債務者らが受けた融資は、会社整理手続に移行するまで会社を存続させるためのつなぎ融資に過ぎず、会社再起のための借入ではない旨主張する。しかし、前記認定のとおり、キャラバンについては、平成五年五月二一日ころまでは主として企業の再建計画が話し合われていたものであり、同日ころに至って初めてキャラバンの清算が現実的な課題として話題に上ったこと、三菱銀行等からキャラバンへの融資は、賞与資金、運転資金及び仕入れ資金等のキャラバンの営業資金が多く含まれていることを考慮すると、整理開始申立てに近接する時期の融資はともかくとして、これらの融資全部が、会社整理手続に移行するまで会社を存続させるためのつなぎ融資に過ぎず、会社再起のための借入ではないと認めることはできない。

(6) 控訴人は、その他、主たる債務者らが相続開始当時弁済不能の状態であった旨るる主張するが、前記(一)ないし(三)の認定判断に照らし、いずれも採用することができない。

三  よって、控訴人の本訴請求中、本件更正処分の取消請求に係る訴えは不適法であるから却下すべきであり、その余の控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ、右と結論を同じくする原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官萩原秀紀)

別紙〈省略〉

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